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福岡高等裁判所 平成7年(ラ)241号 決定

抗告人

川原昭久

右代理人弁護士

甲能新児

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一  抗告人は、「原決定を取り消す。抗告人を免責する。」との裁判を求め、その理由の要旨は、「抗告人は、投機行為によって自己の財産を増加させたり減少させたりしたことはなく、免責不許可事由たる射倖行為はない。また、仮に右事由があるとしても裁量により免責されるべきである。」というにある。

二  射倖行為について

1  抗告人は、投機行為によって自己の財産を増加させたり減少させたりしたことはなく、射倖行為に当たらないから、免責不許可事由に該当しない旨主張する。

2  しかしながら、本件記録によれば、抗告人は、昭和六三年三月、光世証券株式会社に入社して営業活動をしていたが、平成二年ころから証券市況が悪化し、自分が担当した顧客が投資信託の値下がりによって損失が生じたことから、証券取引法上禁止されている損失補填を自己資金で行うようになったこと、その後、抗告人は、営業ノルマをこなすため、損失補填を予め合意した上顧客の名義を借りて自己調達資金等を源資として株式取引を行ったり、顧客から運用方法を一任されて株式取引を行う等のいずれも証券取引法上厳に禁止されている取引をも行って、顕著な営業成績を上げて営業課長まで昇進したこと、その後株式市況が一段と悪化したことから、抗告人は、平成六年八月ころから手数料が多額であるものの、投機性が非常に強く高度な運用手法を要する先物・オプション取引(日経平均株価指数の数値を予想し、それが当たれば株式の数倍の利益が得られるが、逆であれば全て失うもの)を行うようになったが、右取引の金額制限を潜脱するため、借名口座に自己調達資金や複数の顧客資金を入金して運用し、利益金については顧客ごとに計算して分配し、損失が出た場合は自己資金で損失補填を行っていたこと、ところが、同年秋までに抗告人の判断ミスのため、運用源資が大幅に減少する事態となっていたところ、同年一〇月ころ数名の顧客から手仕舞いの要請があったため、抗告人は、右損失分を取り戻すために強引な先物・オプション取引を行い、同月末までにさらに損失を拡大させて右取引が破綻し、同年一一月に至って抗告人の右不正取引行為が露顕したことが認められる。

3 右認定の事実によれば、抗告人は、投機性が非常に強い先物・オプション取引を行っていたところ、右取引において損失を生じれば、これにより右取引源資のうち、少なくとも自己調達分につき、損失が生じることは明らかである(仮に抗告人が顧客との合意に従って証券取引法上禁止されている損失補填をするとすれば、その分の債務も増加することとなる。)。そうすると、抗告人の右行為は、投機行為によって自己の財産を増加させたり減少させる行為、すなわち免責不許可事由たる射倖行為に該当するというべきである。

したがって、抗告人の右主張は採用できない。

三  次に、抗告人は、裁量により免責を許可すべきである旨主張する。

本件記録によれば、抗告人の破産債権額は、約三億四〇〇〇万円余りと個人の破産としては巨額であるところ、その原因は、抗告人が証券取引法上厳に禁止されている不正取引を継続的に多数回行ったためであること、本件免責申立てに関して、破産債権者二名から異議の申立てがなされていること、抗告人は、右不正取引により表面上顕著な影響成績を挙げて異例に昇進し、営業課長の職に就くに至ったものであって、本件不正取引により抗告人も利益を得たということができること、前記不正取引に係る顧客のうち六名が、抗告人を被告として、抗告人が自己の投資の運用資金に流用する意思であったのにこれを秘して「有利に運用する。」旨虚偽の事実を述べて投資信託に勧誘したため、右詐欺によって損害を被った旨主張して合計約七〇〇〇万円の損害賠償請求事件を提起したが、これに対し、抗告人は顧客に対して正規の取引ではないことを説明して了解を得ており不法行為とならない旨主張して争っていることが認められる。

右認定事実に基づいて検討するに、抗告人が顧客を欺罔する不法行為をしていたか否かについては、前記裁判の結果が出るまでは判然とせず、現時点でこれを認定できないが、抗告人が証券取引法上厳に禁止されていた不正取引を継続的に多数回行っていたことは明らかであって、本件は、破産債権額、破産債権者の数、破産に至る経緯等に照らして、事案軽微とは到底いえない。

したがって、抗告人主張のように、抗告人が顧客に対して相当額の利益金と損失補填金の支払を行っており、個人的に金銭的な利得を得たとは認めがたいこと、仮に前記訴訟において抗告人の行為が悪意による不法行為であるとされれば、顧客らの損害賠償請求権は非免責債権にあたるものと解されるから(破産法三六六条ノ一二第二号)、本件免責決定如何にかかわらず、当該破産債権者の利益を害することとはならないこと、及び、抗告人は、右不正取引が露顕した後、一旦は自殺を図っており、その後も右不正取引を認める陳述をするなど反省の情が認められることを十分考慮に入れても、抗告人の債務者としての誠実性の欠如は顕著という外はなく、抗告人を裁量により免責すべきものとは認めがたい。

四  よって、抗告人の本件免責申立てを不許可とした原決定は相当であって、本件抗告は理由がないからこれを棄却し、抗告費用については抗告人に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官谷水央 裁判官田中哲郎 裁判官永松健幹)

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